2014年2月22日土曜日

「教育哲学」は難しい。

こんばんは、武藤です。

今日は久しぶりの全休でした。ここ数日は「大学生」的オーバーワークの連続で疲れていたので、ゆっくりと休息をとって体調を整えました。

一応、申し訳程度に豊泉清浩著『ヤスパース教育哲学序説 ボルノーからヤスパースへ:自己生成論の可能性』(2001年,川島書店)を読み進めましたが、やはりというか当然というか、理解度はそれほど良くありません。

今のところは「第1章 ボルノーの教育学の立場」まで読みましたが、「哲学的人間学」の教育学的位置づけについてほんの少し理解できたかどうか…というレベルです。
ちょっとこのままでは埒が明かないので、また明日からはこの本と平行する形で別な本を読んでみることにします。

実は、今回、このように様々な分野の文献を横断的に借りてきたのには、来年度あたりから自主的に考えていこうと思っている卒論のテーマについて、おおまかな設計図を今のうちから考えておくというねらいがありました。一応の考えとして、前々から漠然と高等教育に関するテーマを設定したいとは考えていましたが、その「高等教育」というテーマについて、「どのような方面からのアプローチを試みるのか」ということについて、まだ私自身のなかで明確化されていないのが現状です。

例えば高等教育に関するこれまでの諸理論について、教育思想の上から明らかにするならば、そのアプローチ方法は「教育哲学」的な捉え方だと思いますし、現代の高等教育機関に見られる「教育病理」的なものを解決するための方策について考えようと思えば、それは「教育社会学」的な捉え方になると思うんですよね。見ての通り、一介の学部生の考えなので正確ではないとは思いますが、これから卒論という集大成的なものに取り組んでいくためには、この点に関しては早いうちから決めていかなければならないなと、勝手ながら考えています。

このような問題をなるべく早期に解決するために、この春休みを通じて、様々な分野の文献を読み進められればいいなと思います。明日はちょっとした単発の仕事があるので読書をする時間はあまりとれなさそうですが、移動時間など暇を見つけて何かしらの文献を読み進めたいと思います。

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