2014年4月28日月曜日

2014年度も忙しいらしいです。

ご無沙汰しています、武藤です。

最近また更新が滞っていましたが、(かろうじて)生きています。
今年は少し楽ができると密かに期待していたのに、蓋を開けてみれば昨年度とさして変わらない過密スケジュール…これはなかなか精神的にクるものがあります。毎日ボロ雑巾のようになっていますがここまではそれなりに頑張れていると思います。

結局、ここまで過密なスケジュールになっているのは、卒業後の進路をどうするかという葛藤に対して一つの暫定的な結論を付けたせいでした。いつかの記事で教職課程を続けるべきか辞めるべきかで悩んでいると書きましたが、紆余曲折あって、結局教職課程を継続することになってしまいまして。
理由としてはいくつかありますが、一番の決め手は「もったいなかった」からでしょうか。私は入学時点から中学・高校国語一種免許状の取得を目標に教職課程を履修していました。ここまでの2年間は、自分の所属学科の講義を受けながら、同時に国文学方面の授業なども聴講しに行っていたりしていましたが、その結果、2年次終了時点で「教育職員免許法」において「教科に関する科目」として位置づけられている授業の単位をそれなりに取得することができ、この時点で中学国語一種免許状の交付に必要な単位数28単位を満たしていることが判明しました。
高校国語一種免許状の取得にはこれに8単位を加えた合計36単位分の「教科に関する科目」を履修する必要がありますが、この時点で残り8単位ならば今年度中に余裕で満たすだろうという判断のもと、今回の継続の決断を下しました。(実は、これに関しては私の様々な「誤算」があり、結論から述べると今年度に所定の「教科に関する科目」の単位を36単位分取得することは不可能となってしまいましたが、それはまた別の機会にでも書きます。)

ちなみにですが、私はおそらく教育職員免許状を取得しても、教職には就かないと思います。何より私に教員としての適性がないことはこれまでの生活を振り返ってみても明らかですし、それならばもう少し「時間をかけて」「別な進路」を模索していきたい、というのが今の私の「進路希望」です。焦りや悩みは絶えませんが、時間の許す限り精一杯悩みながらやっていこうと思います。なにせ社会に出たら忙しくてこんなことで悩む時間もきっとないでしょうからね。これぞ「モラトリアム」ならではの過ごし方だと思います。


話は変わって。今年度のはじめに、私のいる学科でもついに「ゼミ」の振り分けがありました。ここでいう「ゼミ」とは、正式には「教育学演習」と呼ばれる一連のカリキュラムの3年次配当分の演習型授業の通称ではありますが、この3年次の演習はこれまでの「教育学演習」とは異なり、(様々な制約はあるものの、)好きな教員のものをある程度自由に履修できるようなシステムになっているので、どの教員の演習を履修するか、あるいはどの教員の演習を履修できるか(選考があり、誰しもが希望の演習に振り分けられるわけではありません。)が、4月初旬ごろの私の一番の関心事でした。

一応の希望調査が行われて、上限人数超過の場合などは人数調整が行われる決まりになっていたので、その人数調整で第2希望のゼミになってしまわないか心配でしたが、かろうじて第1希望ゼミに入ることが出来ました。このゼミは、教育社会学の分野で著名な業績を残している某教授が担当するゼミです(率直に言って、どうしてこの教授がこの大学にいるのか本当に分かりません…それくらいすごい人です)。教育社会学は、今私が関心を抱いている分野なので、この教授の下でしっかりと学び、自らも積極的に研究していくことで、様々な知識を身につけていきたいと思います。


また、3年生になって、思わぬ場所からお呼びがかかるという貴重な体験もできました。
今年度から、昨年度まで在籍していた某ボランティアサークルに見切りをつけて、読書会と呼ばれる学術系サークルに正式に在籍することとなった私ですが、そのサークルの顧問をしてくださっている某教授から私含む読書会の運営陣に対してお誘いがありまして…大学院の授業に(非公式ながら)参加できることになりました。

その授業で扱われている分野は、いわゆる「教育哲学」です。将来的に教育社会学で卒論を書こうと考えている私にとってはアウェーともいえる授業で、正直毎回ついていくのに精一杯ですが、この「大学院」という教育機関、またはその機関に所属する「大学院生」の水準というものを「学部生」という視点から見つめることは、きっとこれからの私にとって何か一定以上の価値があるものと信じて頑張っています。

もちろん、現時点で教育社会学で卒論を書きたいと思っているからといって、これからの学生生活の中で教育社会学関係の研究だけをしていればいいというわけでは決してないと思います。文学や哲学から社会学、心理学、果ては医学方面にまで、様々な分野と相互的な関係性を持っているのが「教育学」という学問であると私は考えているので、そのことを意識すると、どうしても「教育学は○○の分野だけやっていればいい」と素朴に言い切るのは危険であるように感じてしまいます。今回このようなアウェー状態の授業にも精力的に取り組もうという思いに至った背景には、こういった考えもありました。


そんなこんなで、予想とは裏腹に随分と忙しくなってしまった武藤の2014年シーズンですが、今年度も力の限り頑張って行きたいと思います。こんな生活のため、なかなか毎日ブログを更新する時間というものがとれないですが、また何か書きたくなったとき(書けそうな余裕があるとき)に、折にふれて書いていきたいと思います。


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2014年4月1日火曜日

3年生になりました。

ご無沙汰してます、武藤です。

最近はあまり書くべき話題もなかったのでしばらく更新が滞りました。昨日から大学に行ってガイダンスなどを受けていますが、おそらく本格的に講義などが始まると、また淡々としたマンネリな日常が待っていることでしょう。そのときにこのブログをまめに更新できるかどうかは定かではありませんが、書くべきことがあるかぎりは書いていきたいと思います。


さて、2014年度に入り、私も無事に学部3年生に進級できました。2013年度後期の成績がなかなか公開されず随分と焦らされましたが、今朝確認したところそれなりの成績を収めることができていたのでまずは良かったです。やはり昨年度まで所属していたサークル関連の仕事が随分と重荷になっていたようです。昨年度まではボランティアの準備や会議、毎週の定例的な活動などに時間を取られがちでしたが、今年度からは毎週水曜日のみの活動になり、物理的・心理的負担もかなり軽減されそうです。

しかし、サークル面での不安・不満が解消された今でも、まだ私には考えなければならないことがあって、それ故にまだ全力で大学での研究・勉強に取り組むことができていないという現状もあります。

3年生になりまず考えなければならないのは「就職活動」のことだと思います。人によっては入学前から明確に卒業後の進路を定めていて、そのビジョンに則って入学する大学を決めたという方も多いかと思いますが、流れ流れてこの大学にたどり着いた私には始めからそのようなビジョンなどありませんでしたし、今ですらはっきりとした考えがありません。

私はこの2年間、ただただ惰性で教職課程を履修していましたが、今となっては私が教員として教壇に立っている姿が全くもって想像できません。その一方で、私が試験を受けて公務員としての職務を全うしている姿も思い浮かびませんし、まして一般企業で仕事をしている姿など考えることすらままなりません。

しかし、私の進路が明確に定められているか否かに関わらず、就職活動の解禁日は刻一刻と迫ってきているのも事実であり…。取り急ぎ、教職課程に残るかどうかの決断を可及的速やかにしなければならない旨を昨日のガイダンスで通知され…正直なところどうしようかと頭を抱えてしまっている現状です。
私自身、現時点で「教員」という職業を全うすることができるだけの資質や能力がなく、これからも身につく見込みがないことは明確に自覚しているので教職それ自体にはこだわりも未練もないですが、今ここで教職課程から離脱してしまうと、これまでの2年間の大部分が無駄になってしまうと考えるとどうにも惜しい気がしてしまいます。とりあえず、2015年度に行う予定の「教育実習」に参加するならば、今年度の5月上旬までにはその実習(予定)校からの内諾を得なければならないので、教職課程に残るかどうかの決断は遅くとも5月上旬までにしなければなりません。

そんなこんなで、無事に3年生を迎え色々な悩みが生じる今日このごろですが、もう少し色々考えて最善の選択をしたいところですね。時間が許す限り悩むことにします。

2014年3月24日月曜日

私の嫌いなCMについて その1:日清食品「SURVIVE!」。

こんばんは、武藤です。

昨日、J.S.ミル,竹内一誠訳『大学教育について』(岩波文庫,2011年)を読み終えました。一通り読みましたが、「言わんとしていることはわかるけど…」みたいな、そんな感じでしたね。これに関してはまた追々まとめます。


その話とは全然関係はないですが、最近、テレビで流れているCMの一部が非常に悪ふざけがすぎるように感じるのは私だけでしょうか。普段はあまりゴールデンタイムの時間帯の番組は観ないですが、たまに観たときなどにそういったCMが目につくと、正直イラッとします。

例えば、日清食品のこのCM。 
カップヌードル「SURVIVE! 就職氷河期 篇」30秒
http://www.nissinfoods.co.jp/product/cm/show_cm.html?cm_id=436


今考えている限り、このCMは2013年度で一番「ひどい」CMだと私は考えています。このCMは、今この現代社会で就職先が見つからず苦しむ数多の学生をバカにしている、極めて不謹慎な内容ではないでしょうか。

いわゆる「就職氷河期」と呼ばれ、希望の職種・企業などに就職することが非常に難しくなっている昨今の就職事情ですが、日本の社会をその「就職氷河期」に突入させたのは一体どこの誰でしたか。我々「氷河期世代」よりも前に就職した世代の人々がヘタを打ったから、今の現状があるのではないですか。
バブル期にすんなりと就職をして自分たちはのうのうと楽して生きてきたクセに、いざバブル崩壊後に景気が悪くなれば「就職氷河期だ就職氷河期だ!」などと騒ぎたて、今ここで苦しむ我々若者を絶対安全圏からふんぞり返って見下している。あまつさえ「イマドキの若者は努力が足りない!」などとのたまい、自らの(偶然と幸運だけで構成された)成功体験と現状の若者の姿を比較して悦に浸り、理不尽極まりない恫喝を交えた「圧迫面接」をして氷河期世代をいたぶり楽しむ…。

このCMは、まさにそういった世代の「醜い」心性が滲み出ているようです。このCMはそういった「人間の醜さ」が凝縮された史上まれに見る「駄作」です。少なくとも私はそう思います。

何が一番救えないかといえば、当の日清食品がこの最低なCMについて


"これからの時代を生きていく若者たちに、「さまざまな困難に立ち向かい、乗り越えてほしい」という思いを込めた「SURVIVE!」というメッセージ。
圧倒的なスケールの映像と共感をよぶ台詞で、カップヌードルらしい、楽しく、笑えて、熱くなるエンターテイメントなCMを作っていきます。 "(公式HPより)



などと述べているところです。口の悪い書き方ですが「どの口がそれを言うんだ」と製作者を問い詰めたいですね。
まず第一に、一文目の「さまざまな困難に立ち向かい、乗り越えてほしい」という文言が気に入りません。そもそも我々より前の世代が致命的なミスをしさえしなければ、今この現状はなかったのではありませんか。私は経済学の専攻ではないので詳細を知るわけではありませんし、その分野について何か専門的なことを提示できるわけではありませんが、バブル崩壊後に訪れた経済不況に備えてリスクヘッジをする余地はなかったのですか。

あなた方は自らが好き勝手にやった結果残った後の尻拭いを押し付けた相手に、「さまざまな困難に立ち向かい、乗り越えてほしい」などと平気で言う。あなた方に「恥」という概念はないのですか。「良心の呵責」はないのですか。自分たちは安全圏で何の苦労もなく生きているクセに、何が「SURVIVE!」ですか。ふざけるのも大概にして欲しいです。

また、二文目も最悪の文面です。にわかには信じがたいことですが、日清食品の社員一同はこのCMを「楽しく、笑えて、熱くなるエンターテイメント」だと考えているようです。これを楽しいなどと形容できるその感性を、私は疑わずにはいられません。実に「醜い」感性だと思います。

他にも書きたいことはいくつかありますが、今回はとりあえずこの辺で。
少なくとも今言えることは、今後何があっても日清食品および関連企業に就職することはこれでなくなったということです。もっとも、私は果たして就職活動ができるのかすら定かではありませんが…。その辺りは私の努力次第なところもあるので、今は自分のするべきことをしっかり頑張ります。
また、現状、他にも2つほど「嫌いなCM」があってそちらにも文句を言いたいので、それらにはまた後日改めて文句をつけていきたいと思います。



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2014年3月22日土曜日

J.S.ミル,竹内一誠訳『大学教育について』内容まとめ。

こんばんは、武藤です。

やはり実家は落ち着きます。落ち着きすぎて今ひとつ勉強が捗りませんが、これに関しては東京にいてもだいたい同じなので、特に環境の違いというわけでもなさそうです。とりあえず、春休みも残り僅かですが、ある程度英語の勉強だけは継続して続けていきたいですね。英語に関してはどう転んでも今後必要になるスキルですが、これまでの学校生活の中でもそれほど得意でもなかったこの科目をいまさら独学で始めてみても、正直な所イマイチ面白さが感じられず…ちょっとだけ辛いですがそうも言っていられません。やるだけのことはやりましょう。

さて、昨日あたりからぼちぼちJ.S.ミル,竹内一誠訳『大学教育について』(岩波文庫,2011年)を読み進めています。文庫自体は180ページほどしかない本ですが、読んで見た限りでは、J.S.ミルの大学教育に関する視点・問題意識がしっかりと述べられているテキストだと思いました。私はまだ「2 文学教育」の章を読み終えたところですが、ここまでの内容で印象に残った点などを個人的にまとめてみようと思います。

まず第一にJ.S.ミルが問題意識を持っていた点として、大学という機関の「役割」という論点を挙げられると思います。J.S.ミルは、大学という機関について、「職業教育の場」(J.S.Mill,竹内訳 2011:12)ではないとする立場を明確にします。J.S.ミルによれば、大学という教育機関は確かに専門的な知識の教授を行う場ではありますが、それら専門的な知識は、何かしらの職業に就いて生計を立てるためのツールであるとは考えません。J.S.ミルは、そういった専門的な知識を教授することを通じて、「有能で教養ある人間を育成する」(J.S.Mill,竹内訳 2011:12)ことを目的として想定します。

もちろん、例えば現代日本の大学における医学部での教授内容は、一般的に「医者」と呼ばれる職業において必要になる知識と一定の共通性があり、法学部での教授内容は、一般的に「弁護士」と呼ばれる職業などにおいて必要になる知識と共通性を持つでしょう。しかし、だからと言ってそれらの知識をただ職業のためのツールとして使用することに対してJ.S.ミルは否定的な立場を示しました。
この点においてJ.S.ミルは、大学において教授される専門的な知識を、正しい方向へ利用し正しい方向へ深化させていくことができる能力を獲得するためのツールとして考えます。この能力をJ.S.ミルは「一般教養(general culture)」と表現しました。つまり、大学で得た知識をそのまま利用しているだけの医者や弁護士はJ.S.ミルから言わせれば「無能」であって、大学で得た知識に対して自らの考え・発想をもってより深く考察し、その真理に近づこうとする姿勢を兼ね備えた医者や弁護士こそ「有能」であると考えます。そしてそういった「哲学的」な姿勢を身に付けるということこそが、大学という機関の「役割」であると考えました。

しかし、もし大学にそういった役割があるならば、大学という機関で教授されるべき知識とはどういったものがあるのかという大学教育の「領域」に関する問いが生じます。その役割を十分に果たそうと考えたとき、あまりにも初歩的なことばかり教授していたのでは、学生は理想的な「哲学的な姿勢」を獲得する前に卒業を迎えてしまいそうです。J.S.ミルとしても、大学まで進学してきた学生に対してあまりにも初歩的な内容を教授することは無意味であると考えていたようです。

そこでJ.S.ミルは、大学において学生が学ぶべきことは「知識の体系化」(J.S.Mill,竹内訳 2011:15)であると考えました。つまり、大学での教育により得る様々な領域、分野にわたる知識をそれぞれ相互に関連付けて、必要な物を取捨選択しながら自らの持つ知識全体を見渡す見取り図を作り上げるという営みこそ、学生が大学において為すべきことであるとJ.S.ミルは考えました。その意味でJ.S.ミルは大学を知識の教授の場ではなく「知識の哲学を教える機関」(J.S.Mill,竹内訳 2011:16)として想定していると私は考えました。しかし、大学をそういった位置づけで考える場合に関して、またひとつの問題が生じます。つまり、「知識の哲学」を教授する前段階として、教授される側の学生がそれに見合うだけの「知識」を持っていることが確認できなければ教授する意味がないのではないかという問題があります。その点においてJ.S.ミルは少なくともスコットランドの大学システムは、そういった点に着目する限り優秀なシステムを持っていると述べています。すなわち、スコットランドのすべての大学は「他の学校の不足を補うためのハイ・スクール〔上級中学校〕でもある」(J.S.Mill,竹内訳 2011:17)という特徴に他の国家に見られない優位性があると考えたようです。

とりあえず今回はここまでで。続きはまた今度書きます。


・参考文献
J.S.Mill『大学教育について』(竹内一誠訳,岩波文庫,2011年).


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2014年3月21日金曜日

私が出会った「常識のない大人」の話。

こんばんは、武藤です。

昨日は帰省してからいろいろなことがあって更新ができませんでした。北海道は相変わらず寒いですが、先月と比べると寒さも緩みそれなりに過ごしやすいです。10日ほどの滞在ですが、新年度に向けてすることはたくさんあるので、しっかり目的をもって頑張りたいと思います。


さて、話は変わりますが、昨日の移動中にちょっと嫌な気持ちになる出来事がありました。
私はいつも新千歳空港から地元の街までは電車を利用します。今回はその電車の中でちょっとにわかには信じられない光景を見てしまいました。

電車の中で座席に座っている40代ほどの女性が、満員の電車の中で足元に置いてあったゲージから小型犬を出して来て、隣のシートに座らせたのです。

率直に言わせてもらえば、その行動は全く理解できませんでした。百歩譲って「動物の社内持ち込み」 それ自体は条件付きで認められているので良いとしても、その条件を破ってまでペットを隣に座らせる行為そのものに何かしらの疑問を抱くことはなかったのでしょうか。ちなみに、一般的に言って電車内において「動物の社内持ち込み」が認められるための条件は、「その動物を一定サイズのゲージに入れて、絶対に取り出さないこと」です。

私としてはそんな堂々と違法行為するさまを見せつけられるのはとても嫌なので、タイミングを見て自ら気づかないようなら怒鳴りに行くつもりでいましたが、新千歳空港駅から札幌駅を通過しても改善の余地は見られません。それどころか途中から乗り合いになった乗客ですら「かわいいわね~」などと話しているのが見えて、これはもしかすると私のほうが間違っていて、本当はペットもシートに座らせていいことになっているのではないかと疑いすらしてしまいました。

さすがにそんなモヤモヤした気持ちで実家の最寄り駅まで行くのは…と思い、思い切ってJRの乗務員に確認してみました。私が「アレ(問題の乗客を指さして)、ルール的にいいんですか?」と聞いてみても、「いや~、本来ならダメなんですけどね~」と歯切れの悪い返事。ここで私の不満は頂点に達しました。
「ダメならさっさと注意しにいけよ!なに素通りしてるんだ!」 と怒鳴りつけ、注意させに行きましたが、冷静に考えてもここで乗務員を怒鳴りつける意味はありませんでしたね。結局しぶしぶ注意しに行きましたが、乗務員からやんわりと注意された彼女からすれば「なんだか頭のおかしい若者に注意されて気分が悪い」くらいにしか思われなかっただろうなと反省しました。

ここは多少事を荒らげてでも、私が直接怒鳴りにいったほうが良かったと思いました。私のような「若造」に大声で怒鳴られることは、普通の人間にとってはこれ以上ない「屈辱」でしょう。そういった屈辱が反省に変われば「指導」が「教育的成果」へと転化したということが出来そうですが、乗務員から「やんわり」注意されたのではその指導による教育的成果も芳しいものにはならなさそうです。

もちろん、今回の一件に関しては私は一切の物理的損害を受けていませんが、先にも書きましたように「目の前で堂々と違法行為を見せつけられる」のはとても気分が悪くて今回はこのような行動をとりました。
実害を被っているわけでもないのに怒り狂って乗務員を怒鳴りつける私は確かに「頭のおかしい若者」だったかもしれません。しかし、「いい年した大人」が、その程度の常識もなく、あまつさえ私のような一介の「若造」に注意をされてしまうこの現状はあまりにもおかしい状況だったと思いました。



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2014年3月19日水曜日

伊豆下田旅行ダイジェスト。

こんばんは、武藤です。

つい先程、2泊3日の伊豆下田旅行から戻ってきました。短い期間でしたが、色々なところに行くことができてとても良かったです。

今日はこれ以外に特に書くべきことがないので、以下に旅行中に取った写真を貼りつけて旅行の様子をダイジェスト形式でまとめていきます。





行きの移動には特急「踊り子号」を利用しました。普通列車で行くとそれなりに長い時間がかかりますが、この特急列車を利用することで東京-修善寺までおよそ2時間半ほどで行けました。座席は指定席で無理なく移動することが出来ましたが、今回たまたま予約した座席の近くに、我々の「同業者」の集団がたくさんいてそれなりに大声で騒いでいたのでちょっとだけイラッとしました。旅行で楽しい気分になるのは分かりますし声を出すなとは言いませんが、もう少しTPOをわきまえた行動を期待したかったです。




修善寺駅に着いてからは、 タクシーでサイクルスポーツセンターに行きました。
平日の昼間ということもあり、センター内は閑散としていて少し寂しい雰囲気でしたが、逆に我々の貸し切り状態だと思って思い切り楽しみました。スポーツ自転車を借りて山道をサイクリングしたり、電動自転車で友人(偶然この写真に写り込んでしまっている彼です。後ろ姿だけだったので加工せずそのまま貼りつけました)とデッドヒートを繰り広げたりしてはしゃぎ回った結果、見事に両足が筋肉痛になりました。




サイクルスポーツセンター内の河津桜。聞くところによるとピークはもう過ぎてしまっているとのことですが、ここの河津桜はまだ咲いていました。濃いピンク色でキレイでした。来年以降はシーズン中に見に来たいと思いました。






サイクルスポーツセンターで散々遊んだ後は、宿への通り道に通りがかった「浄蓮の滝」を見てきました。自転車で疲れきった脚には280段あまりの石段はあまりにも酷な道のりでしたが、苦労して見た浄蓮の滝は大迫力でした。浄蓮の滝への道の途中ではワサビが群生しているところもあり、この水の水質が良いことを示しているようでした。

浄蓮の滝を見た後はそのまま旅館にチェックインして、下田市内で晩ごはんを食べて初日は終了しました。



2日目は朝から下田市内をあてもなくそぞろ歩きながら観光をしてきました。写真はそのスタート地点の香煎通りです。




2日目の昼食は道の駅「開国下田みなと」内にあるお店で「下田バーガー」というハンバーガーを食べました。下田名物の金目鯛を使ったハンバーガーで、ボリュームもありとても美味しかったです。




食後に近くのおみやげ屋で買った伊豆ニューサマーサイダー。ニューサマーオレンジという品種のオレンジを使ったサイダーで、さっぱりしつつもしっかりした甘みがありこちらも美味しかったです。

 



 




昼食後は下田城山公園を散策しながら下田海中水族館に行きました。道中の展望台からは下田市内や寝姿山が一望できて、なかなかの絶景でした。



 水族館では、ちょうどイルカショーが始まるところだったのでまずはショーを見学。水族館は久しぶりに来ましたがトレーナーとイルカの息の合ったコンビネーションはとても見ごたえがありました。写真はトレーナーがイルカの上にのってサーフィンをしているところです。






ショーを観終わったあとは、順路に沿って進みながら様々な動物を見ました。たくさんの種類のクラゲをみることができるエリアでは、クラゲのフワフワとした動きが醸し出す不思議なムードで心が癒やされました。
2日目はこの後了仙寺や下田開国博物館などを見学して、晩ごはんを食べて終了しました。




そして最終日の今日は、爪木崎まで足を伸ばして一足早く海岸で遊んできました。
さすがに海には入れませんが、海水はとてもきれいで、今度は是非夏になってから来たいなと思いました。
その後は2日目同様「開国下田みなと」で昼食、おみやげなどを各自購入してから、15時の普通列車でゆっくりと東京に戻りました。このあたりは疲れて寝ていたのであまり写真の記録がありませんでしたが、伊豆急下田駅から熱海駅へ向かう電車内から見た伊豆多賀駅付近の景色が絶景だったことが特に印象に残りました。


以上が今回の旅行の大まかなルートです。玉泉寺や観音温泉など時間の関係上行けなかったところはたくさんありますが、たった一回の旅行で全てを網羅できるほど狭い場所でもないので、今回行くことができなかったところはまた今度行ってみたいと思いました。


では、今回はこの辺で。旅行から戻ってきた直後なのでゆっくり休みたいところですが、明日は昼の飛行機で北海道の故郷に帰省する予定になっているのでそろそろ寝ます。寝坊して飛行機に乗り遅れてしまわないかとても心配です。頑張って起きます。



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2014年3月16日日曜日

吉祥寺に遊びに行ってきました。

こんばんは、武藤です。

今日は翌日に控えている伊豆下田旅行の準備などで外出したので、準備のついでに吉祥寺まで足を伸ばして買い物をしてきました。


吉祥寺まで行って私が行くところといえば「ジュンク堂書店 吉祥寺店」くらいのものですが、この間はせっかく行ったのにもかかわらず買おうと思っていた本を買いそびれるという致命的なミスをしてしまっていたので改めて行ってきました。

さすがに今日は日曜日ということもあり、非常に混雑していていつものようにゆっくりと見て回ることはできませんでしたが、ひとまず先日買いそびれていた本は無事手に入りました。





今回購入したのは、土井隆義『友だち地獄 ─「空気を読む」世代のサバイバル』(ちくま新書,2008年)と、戸田山和久『哲学入門』(ちくま新書,2014年)の二冊です。

『友だち地獄』に関しては、先日の投稿で触れたのにもかかわらず未読だった文献なので、この機会に読み終えて再度この問題を考えてみたいと思いました。

『哲学入門』は先日出たばかりの新書です。実は私は著者の戸田山和久氏とは一度某所にてお会いしていて、そのときに聴いた科学哲学に関する話が難解ながらも面白く感じたので『科学哲学の冒険 ─サイエンスの目的と方法を探る』(NHKブックス,2005年)などを読んでみたりもしていました。先日、その戸田山氏が新たに入門的な書籍を出版したことを大学近くの書店で知ったので、今回は購入する予定ではなかったものの衝動買いをしてみた次第です。


元々、科学哲学は私の専門分野とは少し遠いところに位置する分野ですが、専門的なことまでは把握できずとも、私の理解が及ぶところまでは理解しておきたいと思っています。ただ、「モードゥス・ポネンス」のような論理学的な部分の説明で目を回してしまう私にとってはなかなか一筋縄ではいかないところもあるのは事実ですが…現時点では科学哲学という分野は、特に研究材料として必要なわけでもないので、自分のペースでゆっくりと理解していくスタンスをとりながら学んでいます。

今回購入した『哲学入門』に関しても、同様のスタンスを取るつもりですが…




新書なのにこれだけのページ数があり(計446ページ)、読み終えるまでにはそれなりの時間がかかりそうです。焦って読んでも仕方がないので、例によってゆっくり読み進めていこうと思います。

では、明日は早朝から伊豆下田へ向けて移動するので今日はそろそろ寝ます。
3日間という短い期間ですが、しっかり遊んでリフレッシュしてきたいと思います。

なお、明日から3日間はおそらくブログの更新はできないかと思いますがご了承ください。


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